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活き生き in 岬町

奥村彪生君饂飩博士号授与祝賀会

平成21年6月29日(月)② 曇り・風雨
(16:45~23:30)
和歌山工業高校31会(幹事有志)「奥村君お祝いの会」
奥村君を含め11名参加
美作大学で「饂飩博士号」授与の祝賀会
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奥村 彪生(おくむら・あやお)プロフィール
1937年和歌山県生まれ
奥村彪生料理スタジオ「道楽亭」主宰
NHK「きょうの料理」などに出演
大阪市立大生活科学部大学院非常勤講師
4月から美作大大学院客員教授に就任(岡山県津山市)
奈良県香芝市在住 71歳
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(18:00~20:20) …和歌山市北の新地「大芳」
幹事挨拶…この会の主旨と経過説明
奥村彪生君挨拶
「美作大大学院で 「日本のめん類の歴史と文化」と題した博士論文提出し
審査に合格して博士号を頂いた
うどんのルーツ中国ではなく、日本だった
中国のワンタンがうどんの起源とする説に
料理人の立場からそんな疑問を抱いていた
この説は 昭和初期の中国文学者青木正児京都大教授(故人)が発表
今ではうどんの起源として最も有力な説となっている
青木説は ワンタンの中国表記である「コントン」のコンは
食へんに「昆」と書き トンは饂飩(うどん)の飩 
だが コンを食へんに「軍」と書くことがあり、ウントン、ウンドンとも読む
これが読みの同じ温飩になり、饂飩に変わった
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起源を探ろうと、三十年かけて中国各地で麺を食べ歩き、
日本国内の古文書を読みあさった
結果、中国には、湯で温めた麺をつけ汁につけるうどん本来の食べ方がなく
饂飩の「饂」の字もないことが分かった
うどんが切り麺ということに着目し 切り麺の歴史をさかのぼった
切り麺が中国から伝わったのは鎌倉時代
中国の切り麺の歴史をひもとくと、唐代に[ぷとう]と呼ばれる切り麺がある
これが発展したのが「切麺[ちぇめん]」で、宋代に盛んに作られるようになる 
そして、この切麺が1200年代前半、留学僧によって伝えられ、
日本で「切麦[きりむぎ]」と呼ばれた
切麦は中細麺で、今の冷麦のことだ
「この切麦こそがうどんの祖先」
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それでは、切麦がどのようにうどんに変化したのか
江戸時代の記録などによると、うどんは、ゆでた麺を水で洗った後
熱湯につけ、つけ汁につけて食べていた 今でいう「湯だめ」だ
中細の麺を湯につけたのでは、どうしても麺が伸びてしまう
そこで、湯につけても伸びないよう発明された
専用の太切り麺こそが、うどんというのだ
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うどんが初めて文書に登場するのは南北朝時代の1351年
法隆寺の古文書に出てくる「ウトム」がそれ
うどんの記述はその後、京都の禅寺や公家の記録に頻出する
留学僧によって切麦が伝えられたのが1200年代前半
当時、中国へ渡る留学僧は禅宗の僧が中心だった
こうした経緯から「うどんは、1200年終わりごろ、京都の禅寺で生まれた」
初めて記録に登場するのは奈良だが、
その後の記録の多くが京都に集中していることから
「発祥の地は京都とみるのが妥当」
麺をつけ汁につける食べ方について
「食べ方に美しさを求め、素材そのものの味を味わう禅宗の考え方につながる
中国にはない食べ方だ」
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起源を探るもう一つの手がかりが饂飩の文字だ
うどんが禅寺で生まれた―との前提で奥村さんが続ける。
中国で[ぷとう]と呼ばれていた切り麺
これを湯につけるから「温扽[うんとん]」
食べ物なので、「温」のさんずいを食偏に改めて「饂」と作字し
中国の餛飩の「飩」を参考に「饂飩」と書いた―とみる
「禅宗の言葉は濁点が多い。饅頭[まんとう]を『まんじゅう』
点心[てんしん]を『てんじん』と読むように
饂飩も『うどん』と読んだのではないか」と推測する」  
…(四国新聞・朝日新聞の記事参考) 
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いずれにしても我々電気科の同級生から
変わり者の料理人が出て博士号まで貰ったのは
喜ばしいことであり同級生として自慢できることでもある
これを名目に一杯飲めて旧交をあたためてオシャベリが出来た
参加者一同からお祝いに
桧一本彫黒江塗り花器を贈呈した
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(20:40~22:20) …和歌山市北ノ新地「愛美」(カラオケ大会)
トップバッターの奥村君の甘い美声には「女コロシ!」の掛け声もあり
その他のメンバーも70才を越えているとは思えない美声でうまい!
同年代の声の出ない大歌手とは大違いである
ここでも1人を除いて歌いまくっていた
11人中8人は明日はゴルフの予定だが
時間は関係ないようだ
いずれにしても 今日はいい日であった
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Commented by アカテ at 2009-06-30 08:01
お料理でよく拝見している著名人と
TATEさんがお知り合いだったとは!
うどんの起源、興味深く読ませて頂きました。
こつこつとした積み重ねの成果、
素晴らしい!
Commented by TATE-misaki at 2009-06-30 11:01
高校生の時は三木と言う姓でした
卒業後永年音信普通でした
テレビで奥村と言うのは三木に似ているなと思っていました
ある時ひょっこりと近鉄上六のホームで会い
同一人物と判明しました
それ以来付き合いは続いています
by TATE-misaki | 2009-06-29 23:39 | 同窓会 | Comments(2)

岬町での第二の人生の楽しい日々